★戦国時代の猛将終焉の地★今朝は5時30分に起床。
休みの日になんで早起きしなくちゃいけなんでしょう・・で、部屋の温度は7度!
ふところも心も部屋も寒い三重苦はヤバイので半年ぶりにストーブ出しました。
◆これからの季節に温泉は欠かせないアイテム◆夏と秋と冬の境って何時なんでしょうかねぇ。
リンゴと温泉で季節を知るというのもアリかなあ・・・。
10日(土)に高速道路で約1時間かけて「栗かのこ」でおなじみの小布施町の温泉に行きました。

信州小布施町のりんごの木

「おぶせ温泉」の露天風呂から妙高山を眺めるのは最高の贅沢
◆秀吉の従兄だった福島正則の終の棲家◆なにげにカーナビを見ると「福島正則公霊廟」とありました。
そういえば「賤ヶ岳の七本槍」の一人で豊臣家の猛将と呼ばれた彼の終焉の地はここだった事を思い出しました。(天地人では石原良純が演じていました)
【レキジョにも優しい福島正則の経歴】1561年、尾張の生まれで母は秀吉の叔母。幼少より加藤清正とともに秀吉に仕え播磨三木城の攻略において初陣。その後、山崎の戦いや賤ヶ岳の戦い(この時は七本槍の一人)として武功を立てて伊予国今治で11万石の大名となる。朝鮮の役での活躍ののち尾張清州で24万石へ加増される。
秀吉の死後、文武派の石田三成らと対立し同じく武闘派だった加藤清正とともに三成を襲撃し徳川家康になだめられる。
関ヶ原の戦いでは真っ先に家康に恭順を示し岐阜城攻めや宇喜多隊の攻撃で功を上げ、戦後の論功勲章では安芸備後49万石の大大名となる。
しかし豊臣家への忠勤は忘れず、浅野長政や加藤清正らの豊臣恩顧の大名とともに秀頼と家康の京都御所対面に尽力し豊臣家の存続に尽力する。
大坂の陣では徳川家と豊臣家への忠義で板挟みになり江戸城の留守居役を命じられる。
戦後、居城である広島城の無断修理を幕府に咎められ、信州川中島4万5千石に減封。信州高山村に陣屋を立て藩政を行うも1624年死去。享年64才。
幕府の検死の前に遺体を焼却したとして福島家は領地召し上げとなり、その後徳川家の5000石の旗本となる。
![20091010215757b76[1]](http://blog-imgs-31.fc2.com/g/a/l/galm2fox2/20091012090559028.jpg)
岩松院にある福島正則公の霊廟。名所?らしく県外客も多かったのは驚きでしたヨ
大坂の陣を前に、豊臣秀頼から味方になるように書状を持ってきた遣いの者に
「三年早く、三年遅かった」と告げたのは有名な逸話。
つまり、三年前であったなら、加藤清正や浅野長政など豊臣恩顧の大名が存命していて可能性があった。そして三年後ならば、徳川家康はすでにこの世にいないので成功するだろうと。
時代は既に戦乱の終息へ向けて加速し、彼のような武功一辺倒の武将を求めてはいなかった事への自嘲の言葉かもしれない・・・
![2009101022131148e[1]](http://blog-imgs-31.fc2.com/g/a/l/galm2fox2/20091012092505c7e.jpg)
お疲れさまでした。どうぞ安らかに眠ってください。
【今週のJIJIのオフショット】お酒は二十歳になってから!
おはようございます!
温泉もいいですねぇ・・・体の芯からあったまるでしょうね。いいなぁ・・・!!
冬にはグラスの水が凍るということでしょうか。
とうとう楽しくない季節の到来です。
何か楽しみないかなぁ。。。熱燗?
Re: ちまにぃーさんへ
これからイッキに寒くなるかと思うとユウツです、ハイ。
Re: poetmandoさんへ
冬の楽しみですかぁ?そうですね、あと5分とか云いつつ2度寝するのが最高です。
遅刻しそうな緊張感は寒さを忘れさせてくれます・・(爆)
寒い寒い><
うちもストーブ出してる〜
温泉!!
ホクホクだぁ^^
でも、、、す〜ぐ酔っ払う愛ちんがお風呂でお酒飲んだら・・・
ぶっ倒れるな^^;;;
JIJIも飲みたいって〜
めんこい( ´艸`)
Re: 愛ちんへ
日本人で良かったと思うのは湯船に浸かるという習慣。
シャワーじゃ「ああ、イイお湯だ・・」なんて発想は無いよネ。露天風呂は最高の贅沢って思えても外国人からみたらクレイジーな習慣なんだろうね(笑)
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